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zoom RSS マクロビの本質は?

<<   作成日時 : 2007/10/14 01:29   >>

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私の母はクリスチャンで、私は子どもの頃から教会に通っていました。
日本なのでクラスでクリスチャンはひとりきり。日曜日に教会に行くことや、遠足のとき神社にみんなでお参りするとき自分だけしないことや、とにかく小さい頃から「周囲と違う自分」を意識することが多かったです。

今思えば、それは自分の中の宗教観が未熟だったことから来ていたのですが。
本来キリスト教の教えの本質は「愛」なのだから、クリスチャンになれば、ますます周囲の人たちに愛を感じ、どんな人とも和合して付き合っていけるはずなのです。クリスチャンとそうでない人を分け隔てするのは、おかしいのです。

マクロビオティックも、それと似たところがあると思いました。
教条的に守ることに固執してしまうと、人類をマクロビアンとそうでない人に分けるようになってしまいます。
マクロビアンは、いい人。
マクロビアンや、マクロビ実践の家庭で育った子どもたちは、みな輝いている。なんて言ってしまいます。
その後を口にしなくても、もちろんその後には「そうでない人は、いい人(穏やかな人)じゃない。マクロビで育っていない子どもは、マクロビで育った子より輝いていない。」が続くのです。

マクロビアンは、マクロビアン同士としか付き合いません。
マクロビアンでない人は、たとえいいところがあっても心からは認めず、付き合いの対象になりません。
それはつきあうことで、自分の意に添わないものを食べなければならない事態になったら困るからです。

これは、一部のクリスチャンに言えることで、それをマクロビアンに置き換えてみました。

マクロビアンは、マクロビを広めようとします。
それは、日本ではマクロビアンが非常に少数派で、生きにくいために、より多くの人がマクロビアンになってくれれば、子どもを育てる上でもっとラクになるからです。
子どもに、他の人がお菓子を食べているのに、自分ちはだめなのだと納得させるのは、しんどいことです。
子どもは、みんなと同じことをしたがります。
だからまわりもみんなマクロビアンにしてしまえばよいのです。
もちろん、それによって、まわりの人も幸せになれるのだと信じています。

これまた「クリスチャン」「マクロビアン」の単純な置き換えです。

同じ家庭に、マクロビアンとそうでない人がいる場合、大変です。
なぜ子どもに肉を食べさせないのかと責められることもあります。
陰で砂糖たっぷりのお菓子を与えられ、味を覚えられてしまいます。

これまた単純な置き換えです。

でも、もし自分の周りがキリスト教徒だらけだったら・・・?
なんの苦もなく、キリスト教の教えを実践できる環境にあり、周囲もみな同じような価値観の人ばかりで、子どもたちも「人と違う」ことを意識しないで済んだとしたら・・・?

そうしたら、何がキリスト教の本質なのかが、見えなくなってしまうでしょう。
本当は「愛」なのに、キリスト教とは「日曜日に礼拝を守ること」や「酒を飲まないこと」になってしまうでしょう。
そしてキリスト教の戒律を実践することに満足を感じ、傲慢になってしまうかもしれません。

クリスチャンでない家族と暮らすことは、その人たちと和合することを学ぼうとする上で、自分の中の、枝葉の部分がそぎとられていき、「愛」という本質だけが残るのです。

だから私は、マクロビをまったく理解しない義母と暮らしており、そのため子どもへの実践も挫折していることが、実は大きな恵みであり、神さまの計らいであるということが、最近わかったように思います。
もし、何の苦もなくマクロビを実践できていたら、私はどんな人間になっていたでしょう。
「マクロビで育ったから、うちの子はとってもいい子」なんて言うようになっていたかもしれません。
マクロビで育っていない多くの子どもたちの輝きに気づかなくなっていたかもしれません。
ちょうど、クリスチャンが、イスラム教徒というだけで、相手の美点に目をつぶってしまいがちなように。
マクロビアンでない人を、口には出さないまでも見下していたかもしれません。
あるいは、憐れみを感じていたかもしれません。本当は自分たちより輝いていて、幸せかもしれないのに。

この世に生まれてきたのは、何の苦もなく幸せに生きるためではないと思います。
もしそうなら、さまざまな戦争や飢餓の地域に生まれて死んでいく子どもたちはなんのために生まれてきたのでしょう。
もしそうなら、神さまは人間の悪を封じ込めて、地上を楽園にしていたでしょう。
でも、悪も困難も不幸もある現世でしか学べないこともあるのだと思います。
だからそれらを避けることがすなわちいいこととは限りません。

こうしたことを通して、人は自分の弱さを知り、他人の弱さに思いを至らせることができるのだろうと思います。

なんちゃってマクロビアン、あるいはゆるゆる(すぎる)マクロビアンの私ですが、最初はマクロビをタイトに実践できない環境にいる自分が嫌でした。もっと言えばいつもお肉や甘いお菓子を子どもに買ってくる義母が嫌でした。
でも今は、神さまはそんな私だからこそ、義母を身近に置いてくださったのだと思っています。
義母の存在に感謝です。
これから子どもたちは、健康にいい食べ物を選ぶ以上に大事なことを、私と義母との関係から学んでくれると思います。

マクロビアンの中でも、私は中島デコさんのファンです。
おそらくそれは、彼女が離婚を経験しているからだと思います。
自分がかたくなだった、傲慢だった、と振りかえって書かれています。
「相手がマクロビを理解しなかったからだ」ではなく、自分のかたくなさを振り返っておられるところが、すごく素敵だと思います。
彼女の文章は、教条主義的なマクロビアンのステージを乗り越えた人にしか書けないものだと思います。マクロビアンにもそうでない人にも、心にすっと入ってくる文章じゃないかと思います。

さて、マクロビオティックの本質はなんでしょう?
私流に勝手に解釈すれば、それはキリスト教の本質と同じ、「食べものを通して食べる人への愛を運ぶ」という風に考えたいと思っています。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちわ。以前書き込みしたことがあるかもしれませんがかなり前のことなので失念してしまいました(^^;)生活にちょこっとマクロを取り入れている主婦です。障害のある息子がいるので、まだまだ実践とはいきませんが・・この記事にすごく心をひかれました。トラックバックさせていただきたいのですが宜しいでしょうか〜?
ちえのすけ
2007/11/11 15:06
ちえのすけさん、こんばんは。ついおとついちえのすけさんの知的障害に関する記事を読ませていただいたばかりで、びっくりです。
トラックバックはご自由にどうぞ。
私の末娘はダウン症ですが中身は違えど障害を持つ子の母としていろいろと参考になる記事が多いです。今後とも遊びにいかせていただきますね。
パンプキン
2007/11/13 02:05
こんにちわ。再度おじゃまします〜。うちのサイトにも来ていただいたのですか!何たる偶然!ご出産おめでとうございます、私の身近にも療育繋がりなどでダウン症のお子さんが何人もいます。みんな可愛くて真面目でおちゃめでちょっぴり頑固で・・本当に可愛いお子さんばかりです。まだ小さいとこれから冬が大変ですね、3歳くらいまでは風邪対策が大変なようですが、3歳すぎると体力つきラクになるようですよ。お互いぼちぼち、のりきっていきましょうね〜。
ちえのすけ
2007/11/13 13:55
ちえのすけさん、お返事遅くなってしまいました。ちょうど末娘が風邪引いてしまい^^;あたふたしておりました。
早く春になれ〜ってまだまだですが。
ちえのすけさんの記事にコメントしたいところたくさんあったのですがバタバタしてる間はネットができなくて出遅れてしまいました。(汗)
ホント、お互いぼちぼちのりきりましょうね〜。
パンプキン
2007/11/23 00:22

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