マクロビオテック初心者

アクセスカウンタ

zoom RSS 自然出産・自然育児に思うこと

<<   作成日時 : 2009/09/27 23:47   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 53 / トラックバック 0 / コメント 10

私の末っ子には障害があるため、現在重度障害の子もいる障害児通園施設に母子で通っている。

末っ子が生まれて、初めてこうした子供たちを身近に知るようになってからは、それまで見ていたマクロビや、それにつきものの(?)自然育児や自然出産というものに対する見方も変わってきたように思う。

自然育児・自然出産の根底にあるもの。それは、はっきり言ってしまえば、強者の論理である。
自分たちは健康であるという自信の上に、弱い者のことは何も考慮されていない。もっと言えば淘汰されて構わないという考え方さえも根底にあることがわかってきたのだ。

なぜなら、自然というものは、本来過酷なものだからである。弱いものは死に、強い者だけが生き延びるのが、自然というものなのだ。

*   *   *
マクロビが真っ向から対抗している(?)現代医学というものは、弱い者、放っておいたら自らの力では生き延びることができない者を助けようという発想の下に発展してきた。
だから、ほっといても普通に生まれてこれる赤ちゃん、普通に出産できる妊婦さんにも、過剰(と思われている)医療を施すのだ。

しかし自然志向の立場で言えば、そんなものは不必要である。
自分が弱者の立場になど、なりっこないからである。
この点、自然志向の女性たちはかなり「自分の力を信じて」いる。
そして特にマクロビの考え方にあるのは、「食生活をきちんとして身体を作っておけば、ちゃんと産む力があるし、赤ちゃんも産まれてくる力をもっている」というものである。

これは、お産の質も、どんな子どもが生まれるかも、自分でコントロールできるという考え方で、これは裏を返せば、死産や妊婦の死亡や赤ちゃんの障害は、本人が悪い(食生活が原因)といっているようなものでもある。
もちろんそんなことは言い切れない。
うちの子のような染色体異常の赤ちゃんなど、多くの障害は受胎の瞬間に決まるのであって、妊娠生活中の食生活が原因ではない。
にもかかわらず、そういうことを断言しているブログも散見する。

(実際は、マクロビ実践者のブログを見ているとけっこう障害のある子が生まれたケースに出会うのだが。)
(↑マクロビ実践者に割合が多いという意味ではなく、マクロビ実践者にだって普通にありうること、という意味で)

で、医療介入は命に関わる重大な事態に陥る赤ちゃんと妊婦が(少数であれ)いるためであり、大多数の健康な妊婦のためではないことは確かだ。

そこで大多数の健康に自信のある妊婦は文句を言う。
私たちは、自分で産む力をもっているし、赤ちゃんにも生まれてくる力がある、と。
私たちに余計な医療介入はしてほしくない、と。

これはまるで、クラスでひとりだけいるできない子のために先生が説明を詳しくしすぎたり、授業を易しくしすぎたことで、大多数の勉強のわかる子供が先生に文句を言うのと似ている。
自分は間違っても前者にはなりっこないという自信のもとに、迷惑だと言っているのである。

医療を過剰にして、少数だが生じる困難な出産による妊婦と赤ちゃんを救うか、自然に任せて力のない赤ちゃんに対しては自然の摂理ということであきらめてもらうか。

そのどちらをもひとつの場所で満足させることは今のところ難しいのだと思う。
*  *   *

自然出産に憧れる多くの女性が読む本『分娩台よさようなら』(大野明子著・メディア出版)は、今の私が読むと不快感を催すような表現で満ちている。

「NICUの赤ちゃんは人と目を合わせない」だとか、帝王切開で赤ちゃんを産む数が増えたことについて「それが生きものとして正常な姿でしょうか」とか。

お産は自然の営みで、時にはうまくいかないこともある(妊婦が死亡するとか、赤ちゃんが亡くなるとか)。それが本当なのに、それがゆるされないことが現代の過剰な医療介入の原因である、といったことが書かれている。
それもひとつの考え方ではある。

今は、昔なら助からなかった超未熟児も助かる可能性が高いし、昔なら助からなかった異常分娩についても帝王切開によって母子共に命を救われることができる。
うちの子の通う障害児通園施設には、医療の助けなしには1日足りとも生きることのできない子たちがけっこういる。
医療の発展のゆえに、本来なら助からなかった命を助けてもらった子たちである。
しかし自然礼賛の立場は、そのような過剰な医療をほどこしてまで、「死ぬべき命」を助けることには手放しでは賛成していないように思える。

上で著者が言っていることは、昔はお産で死ぬこともあったのに、現代ではお産で亡くなることがあってはならないことになっている、それゆえの過剰医療だと言っているのも同じである。

もちろん、どんなに手を尽くしても亡くなる赤ちゃんはいるだろう。しかしどこまでが助けるべき命でどこまでが赤ちゃんの(死にたいという)意志を尊重すべき命なのか、誰が判断できるというのだろうか。

できる限りの手を尽くしてすべての命を救うべき、という考えに疑問を呈している自然志向の立場。(私はその考え自体は否定するものではない)しかしその根底にあるものが「私たちはそっちの立場になりっこない。私たち健康な妊婦にまで過剰な医療をほどこさないで」という利己心であるならば、私はちょっと賛同しかねる。

*  *  *
自然育児(予防接種拒否)にも同様なことが言える。
感染症にかかっても重くなることなく、かえって免疫力をつけていく子供たち。
予防接種はそのような子たちのためにあるわけでは、確かにない。
しかし流行が広がることによって、命を脅かされる少数派の子供たちがいる。

もしうちの施設で新型インフルエンザが流行したら、我が子も含めほとんどの子どもが入院し、生死をさまようことになるだろう。

しかし健康に自信のある子供の自然志向の親は、うちの子の体に人工的な薬品を入れたくないという、その理由で、予防接種を拒否する。
我が子の体は自然なもののみで構成されているという、その理想を守るために。

しかしポリオ(小児麻痺を起こす)も天然痘も(死亡率が非常に高い)、みんなが予防接種を受けたおかげで根絶された(少なくとも日本では)。
これは個人だけの問題ではなく、公衆衛生的な問題でもあるのだ。
*   *   *
私は3人の子どものうち上のふたりを、自分の理想にぴったりの助産院で産んだ。

私もマクロビにハマったくらいだから、もともと自然育児や自然出産に対する憧れもあったのである。
3人目は高齢出産ということもあり、旦那に心配だからとお願いされて、普通の病院で産んだ。
24時間母子同室とか、カンガルーケアとか、そういう自分の要望を満たせる病院で出産にのぞんだ。

そこで生まれたのは、障害のある子だった。

翌日から低体温のため保育器に入って別々に暮らすことになった。

もともと自然志向の私だったから、せっかく24時間母子同室の病院を選んだのに我が子が保育器に入ったときは悲しかった。
母を求めて泣き叫ぶ我が子を見ていて涙が出た。
でも、そんな小さな感傷は捨て去るべきなのだと自分に言い聞かせた。
我が子が生きて帰ること、それだけが重要なのである。
そんな小さな理想からの脱線くらい、あとでいくらでも取り返すことができる。
(実際、うちの子は治療のために「箱」に何日も入っていたけれど、今は母子の絆はしっかりあるし、私の目ももちろんきちんと見る。)
医者だったらそういうのが務めでしょう。
NICUにいる赤ちゃんは目を合わせないだの、あたかも一度道を踏み外したら取り返しがつかないような言い方を、なんのためにするのか。

人間の一生は、どのように生まれたかで決まるわけではないのだ。
それはほんの一部に過ぎない。
その辺がわかっていないと、思い通りに事が運ばなかった場合のダメージが大きいと思う。
そりゃそれが素晴らしいものであるに越したことはないかもしれないけど、そうでなくたって大丈夫。
医療機器に囲まれた障害のある子の誕生だって、ものすごく大きなことを教えてくれる、人生の尊い経験になるのだ。
私はそうだった。

末っ子のケアをしてくれた助産婦さんは、「今回は病院で正解だったね」と言っていたっけ。
私もそう思った。
まさか、自分に医療的ケアを受けなければ命の危険がある赤ちゃんが生まれるとは思ってもみなかったけれど。

著者は「あたりまえのお産」を強調しているが、
私は、赤ちゃんが生きて生まれてくることはあたり前なんかではないことを知っているし、赤ちゃんに障害がないことがあたり前でないことも知っている。
あたり前のお産なんかない。
あるのは、ただ、個々のケースだけである。というのが、今の私の考え。

*  *   *
「自分の力を信じる」ことも著者は強調しているけれど、
自分の力を信じるあまり、病院での医療行為に必要以上の拒否反応を抱く女性を知っている。
我が子が重い病気をもって生まれてきたというのに、
薬なんて嫌。注射なんて嫌。予防接種なんて嫌。レントゲンも嫌。
ましてや手術も嫌。人工心肺なんてとんでもない。

・・・でも、そんなの、死んでしまうことに比べたら、ささいなことじゃない?

なんでもないときには、自然出産、自然育児、まあ親の好きなものを追及すればよい。
でも我が子が必要としているときに、自分の主義主張のために、医療行為を拒否できる?

(根本的には、エホバの証人の輸血拒否問題と同じことだと思うけど。いや、エホバの証人の方がまだ理解できる。当事者にとっては来世の救いという問題がからんでくるのだから、傍から見ていくらおかしいと思っても、悩み自体はわかる。でも健康のために命を犠牲にするなんて、どう考えてもおかしい)

こういうとき、極度の自然志向も罪深いものよのう、と思うのである。

現代医療の力で生かされていたって、別にいいじゃない。
薬の力でてんかんの発作を抑える日常だって、別にいいじゃない。だってこれ以上脳が破壊されないための薬だもの。
気管切開と酸素吸入で命を支えられていたっていいじゃない。

自然に反していようと、なんだろうと、その子の命の質は上がりも下がりもしない。
目だって生き生きしている。
病院で生まれた子の目が死んでいるなんて、ウソ。
自然出産・自然育児で育った子どもだけが輝いているわけじゃないよ。
ウソだと思うならば、そういう重度障害児の施設に来てみるといい。
同じように可愛い子供たちだ。
人生のハウツーだけにとらわれず、生きていること、命そのものを見た方がいいと思う。
*   *   *

マクロビのブログで時折見かける「自分たちは(マクロビやってるから)ワクチンなんかなくても新型インフルエンザは怖くない。今こそ私たちの真価が問われるときだ」みたいな言葉。
自然淘汰で生き残る自信満々の人たちである。
もちろん全部の人がそうではないと思うが。

勉強のできる子は、テストで先生がヒントなんか出そうもんなら途端につまらなくなる。
なんでヒントなんか出すんだ、そうしたら正解者が多くなっちゃって自分の優越性が目立たなくなっちゃうじゃないか、みたいな。
そういうのに似てはしないか。
健康エリート意識。

マクロビの根底にある、何かそういうものに気づき始めてからは、あまり素直になれなくなった。

『電池が切れるまで 子ども病院からのメッセージ』すずらんの会(角川書店)
おすすめの本です。
病院で一生を過ごす子どもたちの、命の輝き。
きっと、医療に反発し、自然に過度にこだわりすぎることが、ささいなことに思えてくる。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 53
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い 面白い
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
ケイシーの食事療法は、マジにやると本当に厳格でツライ(のでやってません)ですが、まず始めに、何よりの警告として、「しかし、口に入るものよりも、口から出るものにまず注意せよ!!!」と、聖書チックでございます(って前にもお伝えしましたっけ?)。
私の大好きなマハラジは、「心が神に向かっていれば、たとえ死人の肉を食っても安全」などとも。マハラジ自身は厳格なベジタリアンなのですがね。
記事にある優越感第一の方々の生きている世間は、「類は友を呼ぶ」ように、きっと似たり寄ったりの人々の集まりなんでしょう。その裏に強烈な劣等感を抱きながら。
いつの世にもたいがい何割か存在するようですが、我が振りを直すための鏡として利用させていただいてます。
相手の受け取り方と発した方の言葉の意味が違ったりするので、書くときも読むときも、ちょっと気をつけたいですが、重要なことほど、その人の心がどこにあるかが、私がそれを自分に取り入れるかどうかの決定打になります。
思いやりが全ての動機となる世の中を、目指したいものですね。
Nilsちゃん
2009/09/28 14:02
はじめまして。たまに拝見しております。
私も生協の炭酸スキです。私はビールのつもりでくいっと一気飲みです^^;
いつも色々なテーマ、興味深く読んでます。
私はマクロビアンではないけど、マクロビ・・・賛同できる部分と、出来ない部分がいろいろありますよね。育児のもいろいろな形があって、でも共通しているのは母の愛なんでしょうね。今後も色々なテーマ解説待ってます^^
しらたまこ
2009/09/28 19:26
Nilsちゃん
ケイシーにも食事療法があったのですね。知りませんでした。
>「口に入るものよりも、口から出るものにまず注意せよ」
本当にそうですね。
その優先順位が逆転すると大変ですね。
マクロビにハマっていた頃の自分の心理はその逆でした。^^;

ことばは、言った内容よりも意図が大事。
私もそう思います。それに上の本の著者が善意の塊で書いていることは十分わかっているのですが・・・
善意のときほど、その人が普段持っている価値観が思いがけずオープンになる、という面もありますね。
「早く子どもを作らないと、子宮が(以下自粛)」
「(障害のある子を産んだ母親に)なんで羊水検査を受けなかったの」

こういう言葉もすべて相手を思う善意から出ているようです。
善意の怖いところは、本人に悪意がないために、反省することも深く考えることもなく、よって改められることがないことですね。
あと、善意だけに、被った相手に批判や反発を許さないところでしょうか。

「いちばんの悪をなすのは、悪人ではなく、無知な善人だ」
などという言葉がありますが、その含蓄のわかる大人になりたいものだと思います。
(いいおばはんですが)

ところで、今りんご酵母を育てていますよ。
しゅわしゅわしてきたのですが、どうも味が・・・?
本物を味わっていないので、もしかして失敗作かも。
お近くにお住まいなら、教えてもらえるのですが。
パンプキン
2009/09/30 22:48
しらたまこさん、はじめまして。^^
せいぜい月1の更新ですが、見てくださってありがとうございます。
確かに生協の炭酸はビール党向けかもしれません。
ビールは甘くない炭酸ですからね。

自然育児、自然出産、多いに結構だと思いますが、それは誰もが言っていることなので、私が末っ子を授かって、少し視点が変わってから感じていた違和感の部分をちょっと引っ張り出して拡大して(ひねくれて)書いてみました。

流産を経験した者には「まだぬか喜びはしない方がいいですよ」という医者の言葉は思いやりのこもったものでも、出産にまさかのことなどありえないと思っている人には「なんなのこの人。喜びに水をさして」と怒りを感じる言葉でしかありません。
両者は見えない壁で隔たれていて、決して理解しあえることはないのかしらん。
私はもはや後者にはなれませんが、それでも前者の立場になれたことをよかったと思っています。

母の愛という点で、わかりあえたらよいのですけどね・・・。
パンプキン
2009/09/30 22:49
>「早く子どもを作らないと、子宮が(以下自粛)」
「(障害のある子を産んだ母親に)なんで羊水検査を受けなかったの」

私の中では、このような言葉や気持ちは、すでに善意として認証いたしません・・・

「善い事は広めたい」とか、「私の信じていることが(一番)正しい」という気持ちが臭う言葉は、もうその時点で私にはアウトです。
それは相手への思いやりではなく、自身の価値観への執着(防衛、保身など)として見えるからです。始まりが、すでに違う。
「これが一番」と知ったかぶった時点で、私は「お前は神様か」という突っ込みを入れてしまいます
また、相手の考えや意思(選択肢)を無視したところで、相手の権威の侵害と取れます。
「心配して言っている」とか「あなたのために」なんてぇのは、論外です

パンプキンさんもおっしゃる通り、人それぞれの個体差を見ずに、何かを一色の一筆で塗りつくしてしまうこと自体、私には思いやりのあることだとは思えないのです。
専門家になることも、本を書くことも、それによって他者への影響力を持つことがわかっていれば、その後に生じる責任を受け手のせいだけにせず、誠心誠意で答える覚悟の必要性を自覚するのが当然だと思うのです。

もちろんこれは全くの理想論で、そうでない人もいてこその世の中でもあるらしく・・・政治家が象徴的ですが、もし政治の質を上げたければ、まず国民一人一人の意識の底上げをしなければってのと同じだと、私は思います。
そしてだからこそ、日々自分が出している波動や言動が、大切になってくる・・・。
Nilsちゃん
2009/10/01 15:36
文字数ではじかれちゃいました。
長々とすみません。

りんごちゃん・・皮ごと八つ切りくらいのものを瓶いっぱいに詰めた感じでしょうか?
水の量が多いと薄いかも。
あと、りんごが食べても甘くなければ、おいしく飲むのには糖分を足す必要もあると思います。
皮ごとすりおろして水を加えて、味を確認してから作るってのもいいかもしれません。
すでにアルコール発酵であればシードルに、酢酸発酵であればりんご酢にすることも出来るようですが、見極め難しそうですよね・・・。
Nilsちゃん
2009/10/01 15:42
Nilsちゃん

そうですね、相手への思いやりと、自分の価値観への執着は別物ですが、それを見極めるのは難しそうですね。
親だって、子を心配するあまり、「その結婚はやめときなさい!」「そんなことしてて、将来食べていけると思っているの?」「女の子が夜遅くまで、ほっつき歩いてちゃダメ!」などと言ってしまいます。
(小学生だったら、「早く宿題やりなさい!」のレベルでしょうが)

それは親としては最終目的はおそらく同じなのだけれど(子の幸せ)、親と子の価値観が違うほど子にとっての苦痛が増えますね。
子の自由を尊重するためには、親は最終的には、子が堕落し、苦しむ姿を見る覚悟も持たなければならないのかもしれません。

ところで、りんごですが、そうそう、瓶いっぱい詰めたものです。
そうか、水の量か・・・そうですよね。
サイダーっぽい味にはなったのですが、薄めたサイダーみたいで、おいしくない・・・
水の量が原因かも。
すりおろしはよさそうですね!
今度はそれでやってみます。
やはりこういうのは、試行錯誤ですかね・・・
パンプキン
2009/10/06 07:55
現在初めての妊娠4ヶ月目の妊婦です。
教育現場に勤めていても、やはり初めての妊娠には不安や心配も多く、本屋さんに行っては妊娠に関する本を見ていました。
先日「マタニティヨガ」の本を見て、興味はあって購入するか迷いましたが結局購入しませんでした。後半に母乳のために食べて良い物、悪い物の記述があり、乳製品はアレルギーの原因にもなるやこれを食べると母乳がまずくなる等・・・。しかし、その詳しい理由等が全く書かれてなく「これだけ読んで信じてはいけない・・・」と感じてしまいました。
マクロビにも興味はありますが、やはりそれだけになるのは・・・と疑問に思い検索したところこのページを見つけました。いい部分もたくさんあるのでしょうが、さまざまな専門家の方の意見もありますし、偏りすぎず自分なりの食事を考えていこうと思いました。

健康に気を使うことは大切だと思っていますが、お母さんのおなかにいる時から、「完璧」を期待されてしまう赤ちゃんも大変ですよね・・・。おなかをさすりながら、反省です。




トト
2009/11/30 08:23
トトさんこんにちは。
ほとんど更新されていないこのブログにお越しくださってありがとうございます。
コメントに気づかずずい分遅れたレスになってしまってごめんなさい。

妊婦とマクロビの関係について、論文があり、それについて書こうと思っていたのですがなかなか時間がなくてできないでいます。
厳格なマクロビを実践すると動物性食品からしかとれないビタミンB12が不足するということ(母乳中のビタミンB12も)、妊娠中のビタミンB12不足は脊椎二分症などの障害をもつ子供が産まれる確率を高くするというものです。

マクロビは科学的に証明されたものではなく、マクロビを宣伝する方の中にはいわゆるトンデモさんもいらっしゃいます。
情報をうのみにすることなく、両方の立場の情報を得た上で自分で判断するしかないのかなと思います。
↓こうしたサイトもあります
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8608468.html

熱しやすい私と違い、トトさんは冷静さとバランス感覚をもった方ですね。
可愛い赤ちゃんとの対面を楽しみに、妊婦生活を楽しんでくださいね。^^
パンプキン
2009/12/14 00:30
おみごと!
私も 小さな保育園をやりながら
いっぱい考えています。
医療と仲良しにならないと生きられないこどもたちを
たくさん担任してきました
マクロビも学びました
自然派と言われる保育をしています
そして 「中庸」をいつも心がけています
要は大事なことを見失わないということですよね(^-^)
ばむせ
2011/02/04 11:57

コメントする help

ニックネーム
本 文
自然出産・自然育児に思うこと マクロビオテック初心者/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる