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zoom RSS 嫌いなマクロビオティック

<<   作成日時 : 2007/12/06 02:10   >>

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こういうページを見つけた。
http://naka-hiroyuki-blog.seesaa.net/article/318443190.html

http://www.taiyounohiroba.co.jp/topics-1.html

マクロビにもいろいろあるが、こういうマクロビは嫌だなあ。

病気や障害に価値を認めない、健康至上主義。
なんでも食生活に因果関係を求めようとして、その奥にある精神的なものを見ようとしない。それって浅い見方じゃなかろうか?

人は誰でも、長い、あるいは短い天命を全うして、必ず死ぬ。そこからも、人生で一番大切なのは健康じゃないって、わかりそうなものだ。
もしそうなら、人間は最終的に最大の不幸に至るために生まれてきたようなものになるではないか。

私は、実生活で、マクロビ関係の人には、産まれた赤ちゃんの障害のことをまだ話していない。なんとなく、話せないような気がするのだ。
もしかしたら、「私たちの仲間からは、そういう人たちが出てほしくない」と思われるかもしれない。それは実際言ってみなければわからないけど、そう思わせるような何かを、マクロビの世界というものは持っている気がする。

もし癌になったとしたら、マクロビをやっている人の方が、普通の生活をしている人よりも、ショックが大きいような気がするのと同じだ。「気をつけているのに、どうして?」と。
それは、流産でも、障害のある子が産まれた場合でも、同じ。
実際、そういう体験をした人などは、まず「なぜ健康に気をつけている私が?」という思いが先にくるようだ。

流産も、障害のある子が産まれることも、神の摂理、あるいは自然の一部で、もしそれを完全に避けるためにマクロビをしているとするならば、それは死や老いを避けるためにマクロビをするのと同様、非常に不自然なことではないだろうか。

同じ意味で、流産や障害の原因を食生活に求めることは、実際に流産や障害のある子を産んだ人に不必要な自責の念を与えるのでは。なぜならそれは「人知を超えた、神がなさること」ではなくなり、「避けようと思えば避けられた、人間がコントロールできる事柄」に成り下がってしまうから。
そしてこうした体験をした人に、神さまがなさった摂理としてその体験の意味を掘り下げ、困難を乗り越える力を弱めてしまうのではなかろうか。

私はお腹に赤ちゃんがいる頃、ダンナに「普通に生まれてくれれば」「五体満足ならなんでも」といわれ、違和感を感じていた(もっと言えば、傷ついた)。
私はお腹の赤ちゃんに、五体満足であることを、障害がなく生まれてくることを、願ったことはない。
そんなことを願うのは、私にとっては不遜なことだ。
子どもに障害があったら、誕生の悦びが少しでも減るのだろうか?
親のための子どもじゃない。子どもには子どもの、まっとうすべき生がある。

赤ちゃんは自分が作るものじゃなく、天からの授かりものだ。
そして障害をもって生まれてくる子どもには、必ずスピリチュアルな意味が、使命があるのだ。私はそう思っている。
それを「奇形」というひとことでくくり、食生活が悪いからそうなったのどうのという浅はかさよ。
どんな赤ちゃんが生まれてくるかさえも自分でコントロールできるという万能意識が、不遜だと思うのだ。
そんなマクロビオティックなら、嫌悪感を感じるのみ。

『アミ小さな宇宙人』という本を読んで思った。(←これ、すごくおすすめですよ!)
末娘は、ある意味「宇宙人」なんだろうなあと。
競争ばかり、欲望ばかりの地球人に人生で大切なことを教えるために、遣わされてきたという意味では、末娘もまたアミと一緒なのだと。
(ええ、親ばかとでもなんとでも、言うがいいですよ!笑)

・・・と思っていたら、まったく同じことを書いているところを見つけた。

・・・以下抜粋・・・

 〜ここはダウン国です。ダウン人だけの国です。
 ダウン人は心のやさしい穏やかな人たちなのです。
 だからダウン国は平和で穏やかな日々でした。
 春の海のようにゆったりと時が過ぎました。ダウン国の人たちは皆幸せでした。
 そこに普通の人たちが攻めてきたのです。ダウン人は闘争心がありません。
 あっけなく負けて全滅してしまいました。
 今、地球上は争いが絶えません。
 平和を願いながらもどこかの国で争いが起きています。事件も絶えません。
 そこに神さまがでてきました。ママが言いました。
 「ダウン症の子は神様のいたずらという人がいます。
             どうして私の子にいたずらをしたのですか?」
 「いたずらではない。
  今、人間たちはダウン人のようなやさしさや思いやりにかけている。
  このままでは、地球は滅びる。
  世界を平和にするためにダウン人をふやしているのじゃ。
          汝は選ばれてダウン症の子を授けられたのじゃ。大切に育てよ」
                神様はそう言ってスーッと消えてしまいました。〜〜

21番染色体には、やさしさの遺伝子もあるのかもしれない。
「奇形」じゃないよ。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは!はじめまして!
いつも読ませていただいておりました!
マクロビに対しての考え方が似ているのではないか?と勝手に思って(勝手にスミマセン)共感しながら読んでいます。
私は職業柄(看護師なのです)障害を持っていらっしゃるお子様やそのお母様と接する機会が多いですが、お子様はみんな素直でかわいらしく、お母様はみんなやさしい頑張り屋さんばかりです。
そんな皆様をみていると私はいつも“神様はお母様を選んで子供を授けているのだ”と思います。
神様はきっとあなたならパインちゃんを素直で優しい子に育てられると思ったのですよ。
私も娘が一人おります。
これからもお互いマクロビも子育ても適当にしっかりやっていきましょう(^ω^*)
みくろちゃん
2007/12/10 20:58
みくろちゃんさん、はじめまして!
お返事遅くなりました^^;
看護師さんなのですね〜。憧れの職業です。(笑)
今施設に通ってるんですが、障害をもった子たちを見ていると、本当にこの子たちに障害があるのは、不幸というようなものではなく、神さまが目的あって授けられたもので、意味あることなんだって思わされます。お母さんたちもみんな素敵な方たちばかりですよ。
>これからもお互いマクロビも子育ても適当にしっかり

そうそう、「適当に」がポイントかもしれませんね。(笑)
また遊びにきてくださいませ。
パンプキン
2007/12/12 22:53
読めば読むほど、納得。
とっても素敵な思いが詰まってます。
ダウンの国のお話は、他の様々なことに対しても考えさせられます。
シュタイナーを勉強中に先生が言っていました。
「ある精神科医の言葉に、
その人の表面に現れることではなく、
背後にある可能性を見ている
 と」
確かそのような言葉だったとおもいます。
ふんふん、と聞いていましたが、実際その様に
「見る」ことが出来るかといわれれば、とても難しく、私の目は偏見で汚れています。
そして、感情が先にたってしまい、母になってさえもコントロールすることが難しい。
我が子にさえも、可能性に目を向けることがとても難しく。
パンプキンさんを選んで生まれてきたお子さんの選択は、間違ってなかったのだと思いました。
今は人の真似ばかりで考えたりしていますが、
いつか自然とそんな風に思いが湧き出るようになりたいものです。

2009/08/14 14:40
空さん、
>その人の表面に現れることではなく、
背後にある可能性を見ている

これは素敵なことばですね。
私は最近、人のよい面だけを見ようとするお人よしになりたいと願っています。
それは、自分が正反対だから。(^^;
でも、天使がいるとしたらきっとそんな人たちですよね。
そして自分も、ちょっとした言動で他の人から「ああ、○○さんてこういう人なんだ」と悪く決め付けられるよりは、
いつも自分のよい面だけを見ようとしてくれる人がいたら、安心だろうと思います。
子どもに対して、そんな母親になれたらいいですね。
今は突っ込みまくりですが・・・
(子どもを叱るときは、子どもの行動だけを叱り、人格を攻撃しないこと、と読みました。根底にあることはきっと同じですね)
パンプキン
2009/08/19 14:53

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