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zoom RSS 健康大国、日本。

<<   作成日時 : 2008/09/03 06:49   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 7

先日、子どもに『ヒマラヤの孤児マヤ』という本を読み聞かせた。
派遣医師としてネパールに渡った岩村夫妻が、献身的に公衆衛生活動をしながらネパールの孤児たちをひきとって育てるお話だ。
子どもの頃、読んで感銘を受けた本でもある。

ネパールという国はとても貧しく、食べるものも非常に不足していて、結核という病気が蔓延している国だ。結核で、多くの子どもたちが死んでいった。
報告によると、2006年現在でも5歳未満の幼児死亡率が出生1000に対し74、妊婦死亡率は年々増加傾向にあるという。

岩村夫妻は日本からBCGワクチンをもっていって、ひとりひとりの子どもたちに接種していく。「私にとって、これ(ワクチン)は宝石のように見えるんだよ。これはネパールの子どもたちの命綱なのだ。一滴残らず子どもたちに注射してやりたいんだ」と岩村医師は語る。そして、多くのネパールの子どもたちの命が救われた。

マヤは、結核に感染した母親から産まれ、やはり結核に感染しており、栄養失調にもなっていて、骨と皮だけになっていた。2歳になっても、首が据わっていなかった。岩村医師の妻は、栄養満点のヤギの乳で、マヤを献身的に育てる。マヤは夫妻のもと、徐々に元気になり、はじめは発達も非常に遅れていたのが、元気な子どもに成長していく話だ。

小さい頃読んだ話ではあるが、ゆるゆるマクロビを実践をしている私として、いろいろと違った角度から改めて考えさせられることが多い本だった。

それは、ネパールと比べた、日本という国の豊かさである。
マクロビというのは、豊かさというものを前提としている食生活・ライフスタイルであるということ。
衣食足りて、とりあえず明日食べるものを確保するのには悩まなくてよくなった人たちが、「では何を食べたらいいか」にこだわり始めた。
それがマクロビというもののような気がする。
アメリカでいちはやく流行したのもうなずける。

明日食べるものに困っている人たち、飢えと背中合わせにいる人たちにとっては、ヤギの乳だから動物性たんぱく質なので私は飲めませんとか、そういうものではない。
食べ物に困ったら、なんでも食べるしかない。川でとれるざりがにでも。(←がばいばあちゃん)
家にめ牛が一頭いればそれが財産で、め牛が出してくれる乳をしぼって売ることで一家がやっと食べていける家もあるのだ。

そう考えると、マクロビって、贅沢なものだなあという思いがする。
世界に飢えている子どもたちがいるのだ。我が子の身体によい食材を厳選、という考えの狭い中だけにとどまらず、やはり世界の子どもたちがきちんと食べ物にありつけるようにと、同時に考えなくては嘘だ。母親というのは、世界の子どもたちに、我が子を重ね合わせることができるという強みをもっている。世界には、飢えている「我が子」がたくさんいるのだ。

マクロビは肉を食べないので、結局は地球に優しいというような人がいる。それは最もだと思うし、穀物菜食だと肉食よりも多くの人の食事がまかなえるというのもわかるが、それはたぶん後からくっついた理屈で、ほとんどの人は「まず世界の子どもたちありき」で始めたのではないと思う。少なくとも私はそうだ。
まずは「私(我が子)の健康」(私のライフスタイル)ありき、だろう。
そして、それを守るために高価な食材にお金を出すのだ。
「卵・乳製品・白砂糖を使っていない」お菓子を模索するのは、別に世界の飢えている子どもたちのためじゃない。

白砂糖を避け、高価なメープルシュガー(メープルシロップ)を注文するのは、確かに子どもの身体にはいいかもしれないが、あれは環境的にどうなんだろうかと最近疑問に思っている。
木に傷をつけて、つまり穴をあけて樹液を採取するのだ。たくさんとれるようにとやたらに穴をあけると木が枯れてしまうそうだし、また年中とれるものでもないらしい。春先だけがよい樹液がとれるんだそうだ。
1本の木からとれるメープルシロップは、わずか1〜2リットル(樹液を濃縮するので)。
だからメープルシロップは高価なのだ。

じゃあ日本国民全員がマクロビアンになって、全員が甘味料にメープルシロップを使うようになったら、どうなるのだろうか。という疑問がわく。

それから、最近話題の甘味料、羅漢果。あれは中国の、桂林という山岳地帯の一角の限られた土地でしか収穫できない果物だということだが、なぜそれが日本人の手に入るのか。

健康飲料のルイボスティーは現在、クランウィリアムという町の半径300キロ以内でしか生育しないというが、それがなんでいつでも日本で買うことができるのか。

やはり日本人が金持ちだからではないのか。
金にまかせて、世界中の、身体によい食材を探し、手に入れる健康大国、日本。
それで、現地の人が飲む分は、確保されているのかな?というのをちらっと思う。日本に輸出するようになってから値上がりして、貧しい人の手には入らなくなった、なんてことはないのかしらん。

それと、予防接種の問題。
予防接種というのは、多くの人の命を救ってきたのだということを改めて思った。
マクロビアンは、我が子への予防接種を拒否する人が多いのだけど、そしてその理由には一理あるのだけれど(副作用があるなど)、それは強者の論理であるなと思った。
ネパールでは、結核にかかったら、それは多くの場合死を意味している。
だから、ワクチンが世界の多くの子どもたちの命を救っていることは、確かなのだ。

私は我が子に予防接種をさせている。それは娘がダウン症をもっており、特に年齢が幼い間は感染症が命にかかわるケースが多いからだ(実際ダウン症の子は3歳くらいまでに入退院を繰り返す子が多く、「今夜が峠です」なんて事態になる子も少なくない)。
娘が通っている障害児通園施設の、重度の障害をもつ子どもたちにとっても、感染症にかかることは死に非常に近づくことを意味する。軽い風邪をひいただけでも入院となってしまう子どもたちである。そういう子どもたちは、予防接種が命綱である。予防接種が開発されたからこそ、生き延びていられるわけだ。

だから、健康な子どもならば、予防接種を拒否したからといって命に関わらないままに育つ子がほとんどなのだろうとは思うが(しかし稀な確率で感染症にかかって障害の残る子も確実にいるが)、予防接種そのものが開発されてきた経緯、人の命を救おうと身体をはってきた人々の誠意、そして予防接種の存在意義というものは、豊かな国に住む、健康な恵まれた人たちの批判によってゆらぐものではないと思う。

日本では、いざとなったらいつでも最高の医療を受けることができる。現代医学なんて、予防接種なんて、と軽蔑していても、感染症にかかって万一重症になってもちゃんとその恩恵にあずかることができるのだ。
自然育児とか、人工のもの、現代医学の介入を極力少なくした自然出産・子育てとかいうものは、そのような安全地帯にいてこそのものなのだということを忘れてはいけないと思う。

そして、我が子に予防接種を拒否したとしても、たとえば世界で1日約4000人もの子どもたちが、ワクチンが行き届かないために5歳まで生きることができないでいるといった事実は真摯に受け止め、海外の子どもたちの命を守るためのワクチンを送る活動に賛同することまでは拒まないで欲しいものだと思う。

私たちは、少しある知識を振りかざして現代医学・現代科学を軽蔑しても、その巨人の頭に乗っかって少し先を見ているにすぎないのだ。

まとまらないけれど、この本のおかげで、マクロビを少し違う視点から見られる気がする。

我が子の食べ物に気をつけないよりは気をつけた方がいいかもしれない。
でも、我が子の気持ちに反したり、周囲と摩擦を起こすほどの、あるいは周囲に腹を立てるほどの気をつけ方をする必要はない。
「何を食べるか」は人生でそれほど大事な問題ではない。
「何を食べているか」よりも、「食べて維持された身体で何をするか、どう生きるか」の方がずっとずっと大事。
一生、「何を食べるか」で終わってはいけないね。
食べ物があるだけでも、幸せ。それがたとえ肉でも。牛乳でも。卵でも。これを基本にもっていないといけないと思う。

「肉を食べていがみ合うよりは、野菜を食べて愛し合う方がよい」という言葉が、聖書にある。
しかしこれはマクロビの呪縛に片足突っ込んでいる私への教訓にはならない。
私への教訓は、さしずめ「野菜を食べていがみ合うよりは、肉を食べて愛し合う方がよい」だろう。
この視点を忘れずにいたい。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。こちらでは初めてですぅ。
私が「食」を考える時思い出すのが、ネイティブ・アメリカンのシャーマンのおじちゃんです。
コーラの二リットルをどーんと家族みんなで飲んでました。
彼らを呼んだ方のだんな様は歯医者さんで、おじちゃんの歯をチェックしては、「抜くしかない」と。デブデブなので、膝も痛かったようでした。
でも、彼はいつも温かく人を見守り、痛いそぶりも見せたことがありませんでした。
その少し前にマクロビを実践している人が「肉を食べると波動が下がる(具合が悪くなる)と言って、肉食する人を何気に見下したよう言っていたのを思い出して。人間的にどっちが好きか考えて、ストリクトな菜食主義はそれでやめました。
もちろんマクロビする方々みんながそうではないと思いますが、その後その集団的な優越感を警戒する癖がついてしまってます。
健康を気にしすぎて心が病気になるよりも、からだが病気でも、心が健康である方がいいなぁと、思った瞬間でありました。ちなみに彼らが自然を敬う姿は、畏怖の念を覚えます。
<small>問題があったら、削除してください</small>
monanamo shiron
2008/09/03 13:49
monanamo shironさん、コメントありがとうございます^^
人間的にどっちが好きかってことは大事なポイントだと思います、私も。
マクロビの方々(すべてではありませんが)のほとんどに時として感じる違和感の正体はなんなのか、自分でも考えています。
それはきっとこういったものにひかれる自分自身の問題でもあると思うのですが。

マクロビをすると心が穏やかになると人は言いますが、実際は逆の人も結構いるようだし(「マクロビ離婚」という言葉もある)、私自身もマクロビを厳格にやろうとがんばっていた頃の自分は嫌いです。当時実践には厄介な存在(すんません)だった義母が、実はすごく大きな恵み、配剤だったことに気づかされます。
つづく
パンプキン
2008/09/04 02:38
(つづき)
たぶん、心が病気かどうか(マクロビが強迫観念になっているかどうか)は、マクロビが実践できない環境に自分をしばらくおいてみればわかるんだろうと思います。
実践できている間は幸せいっぱいでも、実践できない環境に置かれてイライラし、不幸せな自分になったら、それはもはや強迫観念なのかなあと。
そういう意味では私は心の病気だったな。
今は少しずつ脱出しつつありますが。

一方で家族の健康を気遣う主婦として、週に1回や2回は、メインディッシュに魚や肉を使わない料理を出せる腕もつけたいな、というのは今でもありますね。湯豆腐と冷奴だけじゃないレパートリーを。(笑)
>問題があったら、削除してください
全然問題ありませんよ。
また遊びに来てください。^^
パンプキン
2008/09/04 02:40
こんにちは。本当にマクロビって難しいな、と思います。ホントに贅沢だな、と言う事も。私は陰陽の世界の成り立ちから言って肉食は宇宙のルールにはずれている、というのが効いてしまって☆でもメープルシロップの事は私も思いました!でもマクロビではメープルも移行期に少しだけ、とあったのであまり危機感なかったのですが、結局はたくさん使いますよね。私もお肉でも農薬でも添加物でも、食べる時は美味しく食べる!と言うのだけは、絶対守りたいと思います。贅沢ですね〜ほんと…私もまとまりません★
こりす
2008/09/04 08:48
こりすさん、こんにちは。^^
>私もお肉でも農薬でも添加物でも、食べる時は美味しく食べる!と言うのだけは、絶対守りたいと思います。

そうですね!マクロビの人がちょっとルールから外れたものを食べると具合が悪くなるというのは、プラシーボ効果ありますよね、きっと。
それ以上に食べるときは生き物の命をいただいているという感覚と作ってくれた人への感謝というものをもつということが健康うんぬん以前に大事なことだろうと思います。
私も食べるときは「うへ〜」とか思わないで、美味しく食べるというルールを持ちたいですね!
パンプキン
2008/09/06 00:54
ごめんなさい。
何回もコメントしてます。
新しい話を見る度に、気付かされる事が沢山あります。予防接種は最たるもの。
悩み悩んで、結局見送りました。
もちろん、パンプキンさんの恵まれた環境故にできる選択だという事は、重々承知の上です。
なのに、あえて娘を辛い(異なった)環境に立たそうとしている自分は、なんなのだろう?そして、何が正しいのか?分からなくなります。
シュタイナー教育にもかまけているだけに、食の事だけでなく生活そのものに対して、いつも目くじら立ててるかも?
でも、娘を見て、いつも一緒にいて、大事に思う気持は変わらず持ってようと思います。
我が子を大事に思うからこそ、様々な情報に流されます。
私は気も利かないし、器用じゃありません。
時に頭がパンクしそうです。
そして、孤立しています(少なくともそう感じています)。
自分が勝手に周囲を突き放しているだけなんですけど。
一番大事なものを見失わないようにしたいです。
きっと、良いものなんて、自分の信じるものにきまってますから。
それでも、自分の体の声や、娘のまだ喋れない故のもどかしさに気付くのは、とても難しく思います。
そんな風になれたら良いなと思います。
パンプキンさんは心の豊かさは、どこから来て、どうやって持ち続けることが出来ると思いますか?

2009/08/13 22:19
空さん
何が正しいのかというのは、本当に分からないですね。
もしかしたら求めれば求めるほど、わからなくなるものなのかもしれません。
でも、分からないという自覚をもつということが大事なのではないかという気もします。
空さんのおっしゃる通り、
こどもが大事だからこそ、迷いがあるのだと思います。
自分の主義主張が子どもよりも先行すれば、
おそらく迷うことさえできなくなってしまうのでは。

自分だけは何が正しいのかがわかっている、という姿勢が(表には出さなくても)マクロビ実践者の言動に見え隠れすることがあります。
熱心なマクロビ実践時代の自分もそうでした。

私は宗教をやっている人間ですので、空さんの最後の問いかけには、そういう方面からしか答えることができません。
何が自分にとって本当に大事なものなのか、自分はどんな人間になりたいのかを見極め、日々の言動をそれに照らして取捨選択していくことなのではないかと。
ニセの欲望、つかの間の感情に振り回されることってありますものね。
本当に大事なものに向かって、まっすぐ、シンプルに生きることができればそれが一番いいとは思います。
それができないからこそ、今日もまた反省。。。
パンプキン
2009/08/19 14:51

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